2007年11月29日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】Last scene


コスモスと.jpg













次の日の朝、自分が目を覚ました時はオヤジはすでに
仕事に向かった後だった。
今朝も母親に入れてもらったコーヒーをダイニングで飲んでると
出発しなくてはいけない時間をとっくに過ぎていた。
軽トラの暖機運転をしようと玄関を開けると昨日より少し曇り気味の
日差しが指すエントランスにハンドルロックを掛けたままのCL50が
佇んでいた。
軽トラのエンジンを掛け、後に回りアオリを下ろして荷台から
ラダーレールをセットしてCLを積もうとした時、タンクとシートの間に
一枚の紙切れが挟んであった。
摘み上げて見るとインクの掠れたマジックで書かれたものだった。

『 楽しかったよ いろいろありがとう。  父より 』

寝ている自分を起こさずに、仕事に向かったオヤジが出掛けに
自分に宛てて書いたものだった。
短いながらもオヤジの感謝の言葉が胸に染みた。
それを畳んでサロペットの胸ポケットに仕舞い込むとCLを
荷台に積み、来た時と同じようにロープを掛けた。

手を振り見送ってくれる母親と妹に手を振り返し、短くホーンを
鳴らして軽トラを発進させた。
バイパスに出て信号で止められた時、荷台に積んでいるCLを
振り返って声を掛けた。

「CL君、君も楽しかったかい?ありがとうな」

柔らかい秋の日差しを受けてキラリと光っているアップマフラーの
プロテクターを確認して視線を前に戻すとルームミラーの中には
満足感に溢れた自分の笑顔が写っていた。
(終)




オヤジとCL50−1.jpg


※このバイクエッセイに登場した1967年製のホンダCL50は
 現在、当店にて展示販売しております。
 価格等の詳しいお問い合わせは当店のHPのメールフォーム
 または直接当店までお電話にてお尋ね下さい。(^^)♪

 
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2007年11月28日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#14


ヘッドライト&右ウィンカー.jpg














「そう、それは楽しかったね。お疲れさま」

オヤジのギャラリーを留守番していた母親に入れてもらったお茶を
飲みながら一息付いた。
普段はキチッとネクタイを締め、ここに詰めているオヤジだが
今の姿はどう見ても"買い物に来た近所のオジサン"という風情だ。
履いているライディングブーツがそれをさらに違和感を加えていた。

「それじゃ、帰るからもう少し頑張って」

後で妹が迎えにくる母親を残してオヤジとギャラリーを後にした。
車を停めてある場所に戻る時、途中のエンストが気になった。

「オヤジ、さっきエンストしてたよね?ガス欠じゃないよね??」

「ガス欠じゃないよ。アイドリングがしなくなってな。電気だろう」

「一応、アイドリングを高めに調整し直すよ」

「キャブじゃないな。たぶんプラグか、ポイントだろう。来る時から
 走り初めから40km/hまで重い感じでそれ以上は調子良かった」

さすがはこの年代のバイクに乗ってきたオヤジらしい判断だ。
確かにどっちがダメでも低速では安定しないし、ツキも良くない。
上が回って下が重いというのは点火時期の関係かもしれない。
今回は外観の仕上げを重点的にやったがエンジン自体は問題が
ないと判断したのが甘かったのかもしれない。
店にCLを持ち帰ったら点検とポイントの調整が必要だろう。

「よし、家に帰るぞ」

「はいよ。道が混雑してるから最後まで気を付けて」

すっかり暗くなり、走り慣れた道に向かって向かって走り出した。
1番道が混む時間帯だが山の手通りはそこそこ順調に流れている。
オヤジの姿は見えなかったので先を走ってるのかもしれない。
ずっと後を伴走してきたストレスもあり、2車線を軽トラとは思わせない
速度で走っていたが『愛宕トンネル』を抜けた先で渋滞にハマった。
まぁ、ここまで来ればあと10分もあれば着くだろう。と大人しく
渋滞の列に並んでいると自分の横をオヤジとCLがすり抜けていった。
「あれ?自分の方が前を走ってたのか?」
渋滞にハマっている自分と軽トラに気が付かずに走り去ったオヤジの
横顔は渋滞に気を配りながら前を見据える"ライダー"の顔だった。


オヤジより少し遅れてスタート地点の実家に到着した時はすでに
7時半を周っていた。
その後、オヤジを軽トラの横に乗せ、実家から近い石和温泉に行って
一日の疲れを癒した。
さすがにオヤジも2年振りの"遠乗り"は堪えたのだろうか、
湯船で居眠りをしそうになっていたのでいつもより早めに切り上げた。
家に戻り、母親と、迎えに行った妹の帰りを待ちながらオヤジと
ビールで今年の旧車ミーティングの話を肴に乾杯をした。
朝のプラグのことに始まり、御坂を越えたこと、ミーティング全体のこと
帰りの精進湖線のこと。自分にとっては短い1日に思えたが
オヤジにとっては朝早くから起きて準備をしていたからきっと長くも
充実を感じた1日だったかもしれない。


「それじゃ、先に休むぞ。お疲れさん」

いつもより早い時間にオヤジは晩酌を切り上げると自分の寝室がある
2階へ階段を上っていった。
いつもならその後、母親と話をしながらダラダラと酒をご馳走になる
自分も今日の疲れと、CLを仕上げてきたこの数日間の疲れで
いつもより早く寝床に着いた。
眠りに落ちそうになりながら携帯で、遠くの街に住む彼女に宛てて
メールを打った。

『オヤジの参加したミーティングは無事に終わったよ。明日帰るよ』

いつもなら長文になるのだが、それ以上文章を考える頭が回らず
寝落ちする直前に送信ボタンを押して携帯を閉じた。
(続く)

posted by urf001シュウホウ at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | バイクエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月26日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#13


tealramp.jpg













「それにしてもオヤジ、いいペースで下るじゃないか。やるなぁ」

40年前のCLとそれが履いてる当時のままの日東タイヤと
2年振りにバイクに乗るオヤジの姿に少しハラハラしながら
あまりプレッシャーを掛けないように、そして後から着いて来るセダンを
イライラさせないくらいの間隔とスピードをキープするのは
まるで箱根駅伝でランナーを先導する白バイ隊員の心境に近い。
もし、自分が軽トラじゃなく、しかも相棒だったSRに乗っていたら
間違いなく早々とオヤジを抜き去り、自分のペースで下るだろう。
今はそれが出来ないことが悔しさよりも息子の勤めかもしれない。
だが強いて悔しいことと言えば、自分も同じような年代のバイクで
あの時と同じようにオヤジの背中を見ながらバイクの楽しさを
教えてくれて自分にバイク整備の基礎と基本を教えてくれたオヤジと
今、一緒に走れたらもっと楽しいだろうということだった。


落差のある左コーナーを橋で越えると左には道に沿うように
芦川が流れている。
この辺りから左右に集落も増え、道もフラットで穏やかになる。
右手には町営の『上九の湯』が見えた。
いつの間にか後ろを走る白いセダンは姿を消し、黒いスズキの
ワゴンRに変わっていた。
ルームミラー越し目を凝らすと運転しているのは30台半ばらしき
女性だ。隣にはたぶん母親だろう、雰囲気の良く似た初老の
女性が背筋を伸ばしてウィンドウ越しに前を見据えていた。
女性の運転者でしかも隣に母親を乗せているならこの速度で
走ってもイライラさせることはないだろう。
そう確信して胸ポケットからタバコを取り出し、ジッポーで火を点けた。

小さな集落を過ぎると気持ちだけ上り坂になり、目の前には
『右左口トンネル』が待ち構えている。このトンネルは
さっき抜けて来た『精進湖トンネル』より全長がやや長い。
このトンネルを越えてしばらく走ると甲府盆地の眺望が広がる。
夜なら溜息が出るほどのきれいな夜景が眼に飛び込むはずだ。
運転席側の窓を開けていたからトンネルに入った時、中に篭ってる
空気が温かいのが判った。
前を走るオヤジも多少澱んではいるが、この温かさに少しは
ホッとしながら走っているのかもしれない。
助手席に置いていたデジカメで小刻みに揺れる楕円の赤い
テールランプを軽トラのウィンドウ越しに撮影してみた。

『右左口トンネル』を抜けるとやはり明らかに気温は高かった。
途中、短いトンネルを抜けて道が少しきつめな下りのカーブに
差し掛かる頃、反対車線にはハーレーだけで構成された
12、3台のツーリンググループ達が観光農園の前で
隊列を整え直していた。
これから自分達が来た方向と逆のルートで富士宮方面か、
R138を使って御殿場方面に向かうのだろうか。
1人、淡々小さな50cc原付で下って行くオヤジと、大人数で
賑やかに排気量に物をいわせて豪快に上って行く車体の大きな
ハーレーのツーリンググループが対照的だ。
下り坂も緩やかになり甲府の中心街に近くなってきた。
気が付くと日もだいぶ西に傾き、空が薄いピンクからオレンジに
近付きつつある時間になっていた。
信号待ちで引っ掛かったオヤジがこちらを振り返って何事かを
伝えようとしている。
軽トラを少し前に進め、助手席側に身を乗り出し、ハンドルを回して
窓を降ろした。

「ん?オヤジ、どした??」

「母さんが留守番してるから事務所に寄っていく」

「えっ、直接家に戻らないのか?」

自分の返事を待たずにオヤジは視線を前に戻し、信号が変わると
先に走り出した。
そうか、母親に報告したいのかな。それとももっと乗っていたいのか。
心なし先を急ぐオヤジがなんとなく可愛らしく思え、思わず笑った。
中央道の下を潜り、R358は次第に甲府市内に向かって伸びる。
甲府バイパスを越えると中心街に向かって走る車が増えてきた。
平日ならばちょうど夕方のラッシュが始まる時間になる頃だ。
今日は日曜日だからまだいい方なんだろうが、平和通りに入ると
渋滞とまではいかなくても車の流れはさらに悪くなった。
気が付くと同じ信号で止められたオヤジがエンストを何度か
繰り返すようになっている。
「ガス欠か?いや、まだ燃料はあるだろう。」
心配してると、エンジンはすぐ掛かった。
気温からしても連続走行でエンジンがダレるほどではないはずだ。
久し振りに人車とも長距離を走った疲れが出てきたのかもしれない。
一層混雑が激しくなった甲府駅前のロータリーを左折して
オヤジは自分の事務所がある湯村までラストスパートだ。
見覚えのある通りをさらに左折すると自分が通っていた高校がある。
といっても当時とは場所が違い、その面影もまったくない。
微かに校舎の壁面に取り付けてある学校名でそれと判るだけだ。
近代的なオフィスビルのような外観のブルーのウィンドウにさらに
深みを増した濃いオレンジの西日がギラリと反射した。
(続く)

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2007年11月25日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#13


御坂路を行く−2.jpg













この『道の駅・なるさわ』からR139を約10kmほど先に進めば
甲府市街に続くR358、通称:精進湖ブルーラインだ。
自分が大学生の頃、時々甲府から走りにきていた時は
"精進湖線"と呼ばれていたが最近は洒落呼び名に変わったらしい。
甲府側の方から来れば延々、アクセルのオン=オフで登り、
こちら側から甲府に向かえばずっと下りで時折タイトなコーナーが待つ
ワインディングロードだが幅員が狭いのと、所々に荒れた路面があり
なかなか気を抜けない道だ。
せめてもの救いは紅葉の時期なら渓谷に広がる景色が目を
楽しませてくれる。ということだろうか。
もうしばらく走る機会がなかったから記憶は曖昧になってるが自分の
R358に持ってるイメージはそんな感じだった。

渋滞というほどではないがR139を富士宮方面に向かう車の流れは
少し緩慢になりつつあった。
たぶん、これから時間を追って帰る車の数が増えるからだろう。
右手の西湖方面から合流する交差点は信号が変わるのを待つ車が
何台も列を作っていた。
前を走るオヤジのペースも心なしか、こっちに来る時より落としてる。
寒さもあるのだろうが無理に車の脇を通らず流れに合わせて
ゆっくり走ってくれた方がありがたい。
程なくR139と分岐する赤池交差点に差し掛かった。
右のウィンカーを出し、車の後で信号が変わるのを待ってるオヤジが
こちらを振り返った。

交差点を右折すると左手には精進湖が広がる。
といっても精進湖は富士五湖の中では1番スケールが小さく、
『湖』と言うよりは"ちょっと大きな池"の印象を受ける。
この辺は春が遅く、5月の連休頃になって桜が咲くこともあるが
それを狙って一部狭い幅員のある湖畔をぐるりと周れば
ひと月遅れの『桜のトンネル』を楽しむことも可能だ。
富士五湖に共通した名物のわかさぎ料理を出す"昔のドライブイン"
といった今では時代遅れな風情の店も自分がこの道を通った頃と
あまり変わっていないように見えた。
ドライブイン前の大きく右に弧を描くコーナーをオヤジとCLが
走り抜けて行く。そこからしばらくの間は湖面を左手に見ながら
右へ、左へと比較的コンディションのいい路面が続く。
オヤジとの車間距離は10mほど開けてるが今のところは
後に着いた車に煽られる心配はなさそうだ。
左に逸れる湖畔を巡る分岐点を過ぎるとすぐ目の前には
『精進湖トンネル』が口を開けて待っていた。
いつの間にかオヤジのCLの楕円形のテールランプが灯っている。
御坂トンネルより車線が狭くて、オレンジの水銀灯の数が少なく暗い
この精進湖トンネルの中では6ボルトの電球が発するその楕円の
テールランプがやけに明るく見えた。
少しラジオのボリュームを下げ、窓を降ろすとCLのアップマフラーから
小気味良く吐き出されるエキゾーストノートがトンネルの低い天井に
反射して自分を主張をするようにはっきり聞き取れた。
前を行くオヤジはその音を聞きながら何を考えて走っているのだろう。

思ったより長く感じた精進湖トンネルを抜けるとすぐに下りの
ワィンディングロードが始まる。
意図的に自分は軽トラのブレーキを踏み、CLとの間隔を広げ
自分の後ろを走る白いセダンに強めのポンピングブレーキで
減速の合図を送った。
最初は右の緩いコーナー、そこから少し急な下り坂があり次は
左にタイトに回り込むヘアピンコーナーだ。
だいぶ手前から充分に減速したCLのブレーキランプが灯り、
昔、自分が見たような典型的なリーンウィズのフォームで抜けて行く。
さっき、来る時の御坂の下りでは気が付かなかったがあのオヤジの
ライディングフォームは自分が高校の頃、オヤジがW3で、自分が
借り物のKH250で一緒に走った時に後から見たのと同じだった。

「オヤジの乗り方、昔と変わらないな。でもあまり無理はしないでよ」

今は軽トラのウィンドウ越しに見るオヤジの背中に一瞬、その時の
景色や印象がフラッシュバックした。
あれからオヤジにも自分にも等しく27年という歳月が流れていた。
(続く)

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2007年11月24日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#12


mr.nakaoki&masayuki.jpg














「オヤジ、お疲れさん。今年も楽しかったね」

「あぁ、天気も良かったしな。店のお客さんたちも満足したか」

「そうだね。去年は来たのが終わり間際だったから今年は
 ほぼ、最初からたくさん見られて良かったんじゃないかな?」

「さぁ、俺らも帰るか」

「そうだね。オヤジ、帰りは車に積んで一緒に乗っていくかい?」

「いや、走って帰る・・・もう少し走りたい気分だ」

「おやおや、大丈夫かい?まぁ、いいけどさ」

「帰りは精進湖線で帰ろう。その方が近道だ」

「えっ!あっちは道が狭いし、こっちからだとずっと下り坂だよ」

「同じ道を走るのはつまらん。その前に暖かい物で腹ごしらえだ」

どうやらミーティングに参加した人たちの姿に影響されたのか、
それとも久し振りにバイクに乗って気分がいいのかオヤジは
まだまだCLと一緒に走りたいらしい。
自分的にはちょっと心配だがそれも少し嬉しかった。

駐車場にCLと軽トラを停め、道の駅に併設してる軽食コーナーに
入り、『きのこそば』と『山菜そば』の食券を買った。
正面に少しトーンを落としつつある富士山を見ながら
オヤジと並んで座って温かい蕎麦を啜った。

「今年は天気にも恵まれて数も集まったが車種が偏ってたな」

「そうだね。午前中に帰ったXS−1もそうだけどW1系や
 マッハ系やBMWのR69のグループが目に付いたね」

「前はCB72やYDS−1とかも来てたんだけどな」

「日にちを先週と間違えたんじゃないの?」

「Yさんから案内が行ってるからそれはないだろう。
 まぁ、それぞれ都合が悪いか、バイクの調子が悪いんだろ」

「そうかもね。そういえばYさん、中沖さんのこと言わなかったね」

「忘れてはいないんだろうが暗い話だからしなかったのかもな」

「そうだね。自分的にはノリックもそうだけど"塗装の神様"
だったから中沖さんが亡くなったのがショックだったよ」

「いくつだったって?」

「75歳だったらしいよ。入退院を繰り返していたみたいだね。
 お盆の頃になくなったみたいだよ」

「そうか、それは残念だったが神様のお迎えが来たんだろう」

「バイク業界にとっては大きな損失だよ。ノリックもね」

「人間、気を付けていても、いつどうなるか判らんってことだ」

「そうだね、まずはオヤジも帰り道、気を付けて走ってよ」

「あぁ、無茶はせんよ」

息子として差し出がましいようなことを言ったのはオヤジに
いつまでもバイクに乗りたいという気持ちを持っていて欲しいのと
もし、楽しいミーティングの帰り道に何かがあっては困るからだ。
自分が付いていながらオヤジが転んだり、事故に遭えば母親は
妹は「だから止めなさいって言ったのに」と言うだろう。
それでなくても3年前の2月に箱根でオヤジと同年代の人が
カーブを曲がりきれず、母親と妹を乗せた車に突っ込んできたのを
目の当たりにして今だにそれがトラウマになってる。
それに自分が去年、右折してきた車に跳ねられて大怪我をして
手術と入院をしたことも家族にとってはショックだったからだ。

「一服しなくていいのか?」

「ここは禁煙だよ。車の中で吸うから大丈夫だよ」

「そうか、それじゃそろそろ行くか」


食べ終わった丼を返却口に返し、混み始めた食堂を後にした。
さすがに4時を周ると日差しがあっても気温は下がり始めている。
まして富士山の麓とあれば刻々と寒さが増してくる。
自分がちょっと前まで使っていた穴の開いたTAKAIのグローブも
少しは指先の寒さを防いでくれるだろう。
蕎麦を食べる時は暑くて脱いでいたダウンベストをオヤジが
着るのを見届けて軽トラのエンジンを掛けた。
(続く)

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2007年11月23日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#11


アナウンスするオヤジ−2.jpg













そんなことを思いながらゆっくりとしたテンポで進むオーナーと
愛車紹介の時間を楽しんでいるとオヤジの出番が近付いてきた。
喋ることに関しては何も心配することがないのだがやはり自分の
親とはいえ、見ているこっちが緊張する。
S氏がハンドマイクを親父に向けてそれを受け取ったオヤジが
自己紹介を始めた。

「甲府からやってまいりました、○○でございます。
今年でバイク人生は51年になります。
一昨年はホンダのCL90というバイクで参加し、昨年は動かない
トヨモーターという昭和30年代のバイクを展示させてもらいました。
今年は息子がCL50という今から40年前の50ccのバイクを
見つけて仕上げてくれたので2年振りに乗ってここまで来ました。
これから何年乗れるか判りませんが乗れるうちはまた来年も
このミーティングに参加させてもらいたいと思っております」

「おぃおぃアンタ、私より10も若いんだから今からそんなことを
言ってちゃ困るよ!そうかい。イイ息子さんを持って幸せじゃないか。
来年も頼みますよ!」

司会のS氏に突っ込まれながらオヤジはテレ笑いした。
その姿をオヤジから預かったカメラに収めたがいったいどんな
笑顔で写っているだろうか。
やはり"65歳のバイク少年"の顔なんじゃないかと思った。


旧車ミーティングのオーナーと愛車紹介のオオトリは司会を
勤めたS氏と愛車の1976年製のハーレーダビッドソンだ。
隅々まで磨かれ、ドレスアップした車体は威風堂々として現在の
同じハーレーからは感じられないオーラを放ってる。
さすがは30年以上も手塩にかけて可愛がってるだけのことはある。
それ以上に自分の贔屓目に見ても70年代のショベルヘッドエンジンの
造形の美しさは、その後のエヴォリューションやツインカム系の
ハーレーのエンジンにはない有機的な美しさを持っていると思う。
正直、自分的には80年代後半以降のハーレーダヴィッドソンには
まったくといって興味はない。
絡まるようにクランクから立ち上がる2本のプッシュロッドカバーや
アイドリングからアクセルの開け始めの時にまるで、獰猛な生き物が
身震いするように大きくブルブルと鼓動し続けるショベルヘッドの
エンジンこそがハーレーダヴィットソンだと思っているからだ。

〈ハヒッ、ハヒッィ・・ズダッ・・・ズダダッ、ズダッ、ズダダッ・・・〉

「・・・と、毎年ではありますが今年もコイツと一緒に来たわけです」

S氏の愛車紹介が終わり旧車ミーティングは最後の記念撮影を
残すのみとなった。
今年は2台の陸王を前に据えて参加者が並び主催者のY氏の
カメラに収まった。
解散の前に再度ハンドマイクがS氏に渡り、〆の挨拶になった。

「皆さん本日は遠くからも多数ご参加、ありがとうございました。
天気にも恵まれ、最高のミーティングが無事に終わりました。
最近、我々の年代を含め、二輪車の事故が増えているようです。
年を取っても気だけは若い私らですが行動や体の動きは
年齢相応です。若い人なら咄嗟に避けられるものも私らの
年代だと取り返しのつかないことになります。
昨日もレーサーの阿部ノリック君が事故で亡くなったと聞きました。
レーサーですら公道では避けられない事故もあるのです。
皆さんにはなお一層の安全運転をして頂き、また来年もここで
笑顔でお会いしましょう。本日はありがとうございました」

参加者の拍手が沸き上がり今年のミーティングは解散となった。
また来年の参加を約束して愛車に跨り手を振りつつ去ってゆく人、
同じバイクで顔見知り同士になり話に花を咲かせ直す人たち、
絶景の富士山をバックに愛車の姿を収める人。
走り去る旧車のサウンドと姿を見送る人。
それぞれに余韻を楽しみながら少しずつ会場が静かになってゆく。


「それじゃ、シュウホウさん俺らも帰ります」

「うん、お疲れさん。気を付けて帰ってね」

「今日はありがとうございました」

「また来年も見に来るといいよ」

「オヤジさんも気を付けて帰って下さいね」

「はいよ、ありがとう。また会いましょう」

ウチの店のお客さんたちもそれぞれの想いを胸に帰路を目指す。
まだ3時半になってなかったが、日が暮れて冷え込む前に
ゆとりを持って帰ることも大切だ。
会場を後に隊列を組んで走り去る5台のバイク達を見送った。
(続く)

posted by urf001シュウホウ at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | バイクエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月22日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#10


マッハV-3.jpg















この旧車ミーティングは今年で28回目を迎えたそうだ。
昔、オヤジが10月のとある日曜になると、自分の古いバイクを
引っ張り出してどこかに遊びに行って来る。というぐらいにしか
認識していなかったのだが自分も参加するようになったのは
今回で3回目だ。
オヤジだけが参加していた時は主催者の方から案内状が来ると
思い出したように眠っていたバイクを慌てて整備し始めるのだが
仕事が忙しく都合が付かなかったり、10年ぐらい前は心臓を悪くし、
それ以来バイクに乗ることもほとんどなくなり、しばらくバイクから
遠ざかっていた。
それでも何度か1年に1度のミーティングに参加しようとこの時期が
近付いてくると自分の店に電話を掛けてくることがあった。

「タンクの中が錆で凄いんだ。何度洗ってもキリがない」

「それは錆取り剤を使わなきゃダメだよ」

「キャブレターからガソリンがダァダァ漏れて止まらないんだ。
 前にお前にオーバーホールしてもっらたんだがなぁ」

「それから何年放置したと思ってるんだよ、それはまたキャブを
 開けて中の部品をチェックしてオーバーホールし直さなきゃ」

「それじゃ明日の旧車ミーティングに間に合わんな」

「そんな思い出したように急にやってもダメだよ。
 古いバイクはちゃんと前から準備しておかなきゃさ。
 諦めて車で行って顔だけ出してくれば?」

「今年こそバイクで参加したかったんだけどなぁ・・・」

そんなこともあったが一昨年、ひょんな事から1969年製の
ホンダ・CL90を手に入れ、3年前のミィーティングにそのCL90で
オヤジを自走で参加させたがそれがよほど嬉しかったのだろう。
残念ながら去年は自分が交通事故に遭い、松葉杖を付くのが
やっと。という状況だったので乗せてやるバイクを用意できなかった。
「今年のミーティングには何か乗って行ける者を用意してやるよ」と
正月に実家に帰った時にオヤジと酒を飲みながら話していたのが
CL50を見つけたことで2年振りに実現できたというわけだ。


司会進行役のS氏の軽妙なトークでオーナーと愛車紹介のイベントが
和やかな雰囲気の中で進んでいく。
1台ごとオーナーが挨拶と解説をした後、愛車のエンジンを掛けて
集まってる人達にエンジンサウンドを披露する。
その様子をウチの店に来るまだ若い大学生のお客が興味深そうに
見つめていた。

「スゲェ・・・あれがホンモノのマッハVか」

「おっ、良く知ってるじゃないか?勉強してきたな」

「はい。あれって"気違いマッハ"って言われたバイクですよね?」

「そうだよ。自分の記憶が間違ってなければあれは’70年から
’71年頃のマッハVかな?次の年からフロントはディスクになる」

「今まで本とかでしか見たことがなかったんですよ」

「そうだろうな。こんな時じゃなきゃ実車を見る機会はそうないさ」

ちょうどそのマッハVのオーナーによる愛車紹介が終わった。
オーナーによってキックでエンジンに火が入れられる。

〈ボロロッ・・・ボァ・・・クワァンッ、クワァァァーーーンッッ〉

すらりと後方に伸びたメッキの3本のマフラーから独特の甲高い
空冷2サイクル3気筒サウンドがアルミシリンダーの共振音を伴って
白煙を勢い良く吐き出しながら咆哮を上げる。
心なしか、和やかなムードだった会場の空気がピーンと引き締まった。

「うわっ!あの音スゲェや!!痺れますよ〜」

「初めて生で聞いたか?昔はあの音もあの煙もOKだったのさ」

マッハVの音と白煙に圧倒された若い大学生のお客は少し
興奮気味にストレートな感想を漏らした。
当時のカワサキが世界の覇権を賭けて持ちゆる技術を投入し、
"世界一の加速と最高速"の野望を実現すべく発売された。
「じゃじゃ馬過ぎて乗りこなせない」とか「3速に入れてもまだ
フロントが浮きっ放しだ」とかマッハVの伝説や逸話は多い。
今では決して造られない、いや、造ってはいけない2サイクル3気筒だ。
自分は高校生の頃から大学1年までは、そのマッハシリーズの
末裔であるKH250に乗っていた。
しかし、同じ大学のだいぶ下の後輩に当たる彼はこういう機会が
ない限り、このマッハVに限らず彼が生まれる前の60年代から
70年代の旧車といわれるバイク達の実車を見ることも、
そのサウンドを耳にすることもまずないだろう。
だからと言うわけではないが自分よりもはるかにバイクに関しては
先輩達がメーカーの手を離れたそれを長年に渡って愛着を持って
維持しつつ、今に至るまで走らせてきたという事実を知ってもらいたい。
そう、自分もそういう先輩達から引き継いできた何かをこれからは
自分の後輩達に受け継いでもらい、バイクという愛すべき乗り物の
素晴らしさを語り継いでいってもらいたい。と思う年齢になったのだ。
(続く)

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2007年11月21日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#9


アナウンスするオヤジ−1.jpg














オヤジはどこに行った?とぶらぶら歩いてるとこの会では
主催者のYと並ぶ有名人のS氏とオヤジが談笑していた。
S氏は有名な写真家の弟さんらしいことを以前、実家に帰る途中の
ラジオで聞いた。しかし、ご本人のS氏はおよそそれとは無関係そうな
どこから見ても"バイク道楽おじさん"の雰囲気が体中から出ている。
これ以上馴染まないだろうというほど着古して年季の入ったレザーで固め、
1976年のハーレーダヴィットソン1200FLHポリス仕様を小柄な体で
軽々と手足のように操る姿はどう見ても74、5歳と思えないほどだ。
その御仁を見てるとせめてオヤジにもいつかはまた、オヤジが持ってる
カワサキ・W3に乗せてやりたいと思う反面、S氏のように30年以上も
ハーレーに乗り続けてきた人には敵わないだろうとも思う。
数年に1度しか乗らないのならCLぐらいの大きさと軽さの旧車が
今のオヤジには合ってるのかもしれない。


一通り集まってる旧車を眺めてはデジカメで写真を撮らせてもらい
タバコが吸いたくなったので軽トラを停めている場所に戻った。
軽トラのアオリを下ろし、荷台に腰掛けながらタバコに火を付けて
空に向かって吐き出しているとオヤジが戻ってきた。

「オヤジ、そろそろ昼飯にしようか」

「まだ早いからお前は先に食べていいぞ」

「オヤジは朝飯食べてきた?」

「いや、食べなかった。それどころじゃなく動き回ってたからな」

「じゃ、もう食べた方がいいよ。オヤジの好きなバナナもあるよ」

「そうか。じゃ、そうするか」

「ちょっと待ってて、今取ってくるから」

軽トラの荷台から降りて、お茶と3個入ったおにぎりが2パック、
それにバナナと袋入りのチョコレートが入った買い物袋を
助手席から拾い上げて荷台に並んで座るとオヤジに見せた。

「随分買ってきたじゃないか、食べ切れるのか?」

「遠足じゃないから別に全部食べなくていいよ。
ハーレーのSさん、今年も相変わらず元気そうだね」

「あぁ。でもやっぱりこの間の中央道でのハーレーの事故は
同じくらいの歳の人だからショックを受けたらしいぞ」

「そうだろうね。中央道の双葉SAの先であった事故だっけ?」

「そうだ。何でも広島と長崎に千羽鶴を届けに行った帰りらしい」

「可愛そうにね。今月の頭にレーサーのノリックも亡くなったしさ」

「そうだってな。やっぱりバイクは怖いな」

「ここまで楽しそうに乗ってきて今さら何いってるんだか・・・」

「お前も気をつけろよ。それと店に来るお客さん達もな」

「あぁそうだね。そういえばそろそろみんな、来る頃かな?」

そう思って腕時計を確認すると12時を少し回った頃だった。


「シュウホウさーん!」

オヤジと並んで軽トラの荷台でちょうど3つ目のおにぎりを
食べ終えた頃、自分を呼ぶ声がした。
店のお客さんが2人、こちらに向かって歩いてきた。

「こんにちは。今、着きましたよ」

「お!来たな?お疲れさん。他のみんなは?」

「今、入り口で受付をしてると思います」

「結構集まってるんですね?驚きましたよ」

「それでも午前中に何台か帰っちゃったんだけどね。昼飯は?」

「来る途中でシュウホウさんお勧めの"吉田のうどん"食べましたよ」

「そうか。店によって味が違うんだけど、どうだった?」

「美味かったっすよ!ハマリそうな味でした」

「そうか、それは良かったね」

そんな会話をしているウチに残りのメンバーがこちらにやってきた。
去年もこの旧車ミーティングに来ているお客さん達だ。

「お疲れ様です。あっ、オヤジさんご無沙汰してます」

「おぉ、久し振りだね。今日は遠くからお疲れさま」

「お元気そうで良かったです。今日は自走で来たんですか?」

「そうだよ。今年は少し寒かったけど天気も良くって助かったよ」

「そうですね、去年は天気が悪かったですからね」

「今年は台数が結構多いですね。見応えがあるなぁ」

「ゆっくり見てらっしゃい」

オヤジとも顔見知りのウチの店のお客さん達がそんな会話をしてると
主催者のY氏がハンドマイクで案内を始めた。
いよいよ旧車ミーティングのメインイベントの『愛車紹介』が始まる。

「さぁ、それじゃ行こうか」

軽トラの荷台から降り、アオリを上げてお客さん達と参加者の
輪が出来てる方へ向かって歩いた。
(続く)

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2007年11月20日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#8


記帳するオヤジ.jpg













湖畔をゆっくりと進む遊覧船を見ながら河口湖大橋を渡ると
運悪く渋滞が始まった。
一昨年もこの辺りで渋滞が始まり、オヤジだけがスルスルと
先に行って姿を見失った。
「くそっ、今年もここから渋滞か。仕方ないな」
そう思ったのもつかの間、やはりオヤジは自分にお構いなく
CLを先に進めた。
「ま、ここまで来ればあと10kmないし1人でも大丈夫だろう」
半ばそうなることが判っていたのでオヤジには先に行ってもらい
自分は途中のスーパーに立ち寄り、朝と昼を兼ねた食料を
調達することにした。
もちろん、オヤジの好物のバナナも忘れずに買ったのだった。

10分ほどで軽く買い物を済ませ、正面に快晴の空の下に
堂々と聳え立つ霊峰・富士を仰ぎながら追い越し車線を飛ばし
R139へ合流した。
車の流れは多くも少なくもなかったが反対車線から向かってくる
少人数のバイクのツーリンググループの多さが目に付いた。
オヤジじゃないが、こんな天気のいい日に走るのはさぞかし
気持ちがいいだろう。この辺りにしては今日の気温はそう寒くない。
あと1週間もすれば紅葉はもっと進み、冬用のジャケットが必要だ。
2車線が1車線になり勝山村から鳴沢村に入った。
依然として先に行ったオヤジとCLの姿は見えなかったが
たぶん、もうそろそろ目的地の『道の駅・なるさわ』に着いただろう。
道路の両脇の紅葉が少しずつ彩りが着いてきた頃、道の駅の
案内看板が目に入った。

今回も旧車ミーティングの会場は『道の駅・なるさわ』の裏手にある
第2駐車場だ。一般客でごった返している正面の駐車場を横目に
左折して200mほど進むとすでに何台かの古いバイクの音が聞こえる。
入り口には主催者のY氏が自分に気が付き、お辞儀をしてくれた。
それに返すように頭を下げて視線を上げると一足先に到着していた
オヤジが左手で駐車場の奥を指差した。
「OK!」と左手で合図をし、すでに会場のそこらを埋め尽くしている
60年代から70年代の旧車のオートバイの間を擦り抜けながら
CLが佇んでる場所からさほど離れていない適当な所に軽トラを停めた。


「随分ゆっくり来たじゃないか」

「渋滞に引っ掛かって途中のスーパーで買い物をしてきたからだよ
オヤジこそ調子に乗って結構飛ばして来なかったか??」

「いやぁ、そうでもないさ」

「そうかい?御坂の登りも下りもいいペースだったよ」

「50km/hぐらいだろ。段々寒くなったし、トンネルが怖かったな」

「そうだね。後が観光バスだったから煽られなくて良かったよ」

「さぁ、受付をしてこよう」

オヤジと並んで歩き、入り口の主催者Y氏に改めて挨拶をした。

「ご苦労さまです。昨年はお世話になりました」

「今年もご参加ありがとうございます。足の方はもう治りましたか?」

「おかげさまでこの通りです。まだボルトは入ったままなんですが」

「今年はお父様は自走で来られたんですね?」

「えぇ、昨日の夜8時ごろまで仕上げて雨の中、実家に運びました」

「それは大変でしたね。その甲斐あって今日は良い天気になりました」

「そうですね。最高のミーティング日和です」

そう言うと改めて雲1つない空をバックに8合目ぐらいまで雪の帽子を
被った富士山を正面に見据えた。

「おい、あのCL50は何年式だ?」

「あれは1967年だよ。今から40年前のだって」

オヤジが記帳の途中でペンを止めるとCL50の年式を聞いてきた。
答えた自分も記帳させてもらい、それを済ませて会場に集まってる
古いバイク達を一通り眺めた。
ホンダCB750K0にK1、ヤマハXS−1、カワサキW1Sのグループ、
同じくマッハシリーズもいる。会場のあちらこちらでは顔見知り同士で
談笑の輪ができ、相変わらず和やかな雰囲気だ。
今年は小排気量車が少ないようだがその代わりどれも40年以上前の
"年代モノ"といって差し支えのないバイクばかりだ。
キレイに磨き上げられた物、ほぼ当時のままのヤレた雰囲気を
そのままにしている物、スポークの1本に至るまできれいに再メッキを
掛けてビカビカに仕上げられたもの。どれも持ち主の愛情を
たっぷり注ぎ込まれ、この日の晴れ舞台に集まってきている。
参加している人達もまた皆、それに負けないほど年季の入った
"昔の少年達"ばかりだ。この人達の中に入れば45才の自分は
まだまだ"鼻垂れ小僧"だ。

軽トラに買い物をした物から飲み物とダッシュボードに置きっ放しに
していたデジカメを取りに戻ると目に付いたバイク達をファインダーに
捕らえてはシャッターを切った。
先ほどのXS−1のグループがもう帰るらしい。
見事にレストアされた4台のキャンディーグリーンのXS−1と
同じグループらしき、カワサキのW1SAが隊列を整えている。
70年代に"バーチカルツインの双璧"と言われた似てて異なる
空冷並列650cc2気筒が青天下にそれぞれのサウンドを奏でる。
"楽器のヤマハ"らしい澄んだXS−1のOHCツインサウンドと
"鉄のカワサキ"らしい重さとどこか湿り気のあるOHVツインエンジンと
キャブトンマフラーから吐き出されるW1SAのサウンドは例えるなら
アルトサックスとテナーサックスの違いか。
その美しいホーンセクションの二重奏に鳥肌が立つほど痺れた。

「いい物が見られたなぁ。ウチのお客さん達にも見せたかったな」

そんなことを考えながら駐車場を後にする4台のヤマハ・XS−1と
カワサキ・W1SAの後姿を見送った。
(続く)


XS−1とW1SA.jpg

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2007年11月19日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#7


快走するオヤジ.jpg













すっかりCLにも慣れたのか、オヤジはこの緩い上り坂を50km/hから
60km/hのペースで気持ち良さそうに登って行く。
ウェストバックからデジカメを取り出し、後を確認し、追い越し車線に出て
併走しながら走るオヤジの姿にシャッターを切った。
デジカメが捕らえたその一瞬はまるで16、7歳の高校生のように
原付に乗るのが面白くてたまらない。といった表情だった。
その姿を捉えたあと、また後方に下がり、約10mの間隔を空けて
自分と軽トラがオヤジの後ろに続く。
いつもならイライラする速度だが天気がイイのと標高が上がるに連れ、
少しずつ色づき始める山々の紅葉をゆっくり眺められるので
今日はそれが苦になることはなかった。

やがて御坂山塊を貫く『御坂トンネル』が近付いてきた。
この手前で登坂車線は終わり、片側1車線の対面通行になるのだが
幸いにして自分の後ろは行楽の客を乗せた観光バスがゆっくりと
追従してきたので煽られることはないだろう。
実は今回のルートで自分が1番心配していたのはこの
『御坂トンネル』だった。
トンネル内の制限速度は50km/hだ。
当時、最新のスポーツ50ccでスピードメーターが100km/hの
フルスケールのCL50でも今となってはそこまでは出ないだろう。
ましてバイクに乗るのが2年振りのオヤジがこのトンネル内で
全開走行をするはずがない。
出しても精々60km/hで走ると考えれば、自分の後を走る車が
その速度に苛立てば追い越すか、煽ってくることもありうる。
と、考えていたからだ。
自分の後ろが観光バスだったのはラッキーだったかもしれない。
そんなことを考えながらオレンジ色の水銀灯がストロボのように続く
御坂トンネルの中を快調に走るオヤジの背中と、赤い楕円形の
古めかしいCL50のテールランプをウィンドー越しに見守った。

トンネルの向こうに白くカマボコのような出口が徐々にその形を
大きくさせて無事にトンネルを抜けた。こっちの方の天気も快晴だ。
天気に関しては問題なさそうだがまだ気は抜けない。
ここから河口湖湖畔近くまでは下りのワインディングが続くからだ。
ここまでの道のりに急なカーブはほとんどなかったのだが
ほんの2kmあるか、ないかのワインディング区間でも2年振りに
バイクに乗るオヤジと新車当時から装着されている40年前の
すでに石のように硬化したオリジナルのブロックパターンを持つ
当時の"NITTO TIRE"(日東タイヤ)では後姿を見守る
自分の方が乗ってるオヤジより神経を使う。
しかし、その想いは杞憂に終わった。車体にもタイヤにも無理を
させない走りで無事にワインディング区間を下った。
「ふぅ。」と軽トラを運転しながら溜息を付いた自分の目には
山頂に雪を頂いた富士山の姿と甲府より確実に低い気温に
"ブルブルッ"っと寒そうに体を震わすオヤジの後姿が映った。
(続く)


河口湖を行く.jpg
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2007年11月18日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#6


oyaji&cl50-3.jpg














市街地を最初はおっかなビックリ走っていたオヤジだったが
どうやらすぐに"勘"を取り戻したようだ。
その姿を軽トラのウィンドー越しに見てるとふと思い出した。

「タンクにガソリンが入ってないはずだ。早く入れてもらわないと」

信号待ちで止まり、軽くホーンを鳴らすとオヤジが「何事か?」と
振り返ったので"窓から顔を出して「ガソリン!」と叫んだ。
「んん?」と言いたげな顔をこちらに向けたオヤジが耳に手を当てた。

「オヤジ、ガソリン入れなきゃ!ガソリンッ!!」

少し耳が遠くなり始めてるオヤジには聞こえないのか、首を傾げている。
軽トラから降りて直接言わなきゃダメだなと思った瞬間、前の信号が
赤から青に変わった。

「チッ、次の信号で言ってやらなきゃ」

その間にも何軒かのガソリンスタンドの前を通ったがオヤジはまったく
ガソリンの事を気にしていないのか、その度に自分がハラハラした。
やっとのことで信号に引っ掛かり、シートベルトを外し、後方を確認して
ドアを開け、オヤジが乗るCLに駆け寄った。

「オヤジ、早くガソリン入れなきゃ!ガス欠になるよ」

「ガソリンか?それなら今朝、満タンにしておいたよ」

「えっ!いつの間に??だって走らなかったじゃん?」

「お前がまだ寝てるウチに向こうにプラグを取りに行ったついでに
ガソリンも買ってきて目一杯入れておいたから大丈夫だ」

血相を変えて走ってきた自分に余裕の表情で笑った。
なんだそうだったのか。いったい何時から起きて準備をしてたんだ?
半分納得して半分呆れながら信号が変わる前に軽トラに戻った。
シートベルトを締め直しながら昨日の晩、寝る前にオヤジに自分が
「明日は嬉しくて4時半頃には目が覚めるんじゃない?」と
半分冗談のつもりで言ったのは実は冗談ではなかったのか。と思った。


ガス欠の心配がなくなれば後はある程度の間隔を取ってオヤジの
後を見守りながら走ればいい。
河口湖に続くR137は御坂トンネルの手前まで全線登坂車線がある。
自分がまだ高校生だった頃は道も悪く、一部にしか登坂車線が
備わっていなかったため、ノロノロと坂を登るトラックや黒煙を上げ、
喘ぎながら登っていくバスにイライラしたものだった。
自分も16歳の時、原付でこの道を河口湖を目指して走ったことがあった。
エンジンは唸っても一向に伸びないスピードに焦りと苛立ちを覚えながら
この長い坂を越えて行ったことをオヤジの後姿を見て思い出した。
(続く)


御坂路を行く.jpg




posted by urf001シュウホウ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | バイクエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月17日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#5


出発!−1.jpg













ダイニングでタバコに火を付けていると母親がテーブルに
コーヒーを運んできてくれた。

「まったくお父さんの道楽に付き合ってもらって悪いねぇ」

「いや母さん、いいんだよ。年に1度のオヤジの楽しみだし自分も
たくさんの旧車が見られるのも楽しみだしね。それにウチの店の
お客さんたちも楽しみにしてるイベントだから」

オヤジはバタバタと家の中を歩き回ってすでに出発の準備を整え、
神棚にお祈りし、セーターにダウンベストを着て玄関に向かう背中には
遠足に行く子供のようにDバックを背負っている。
ゆっくり朝のコーヒーを楽しみたかったがそうもできないようだ。
タバコを灰皿に揉み消し、カップに半分残ったコーヒーを飲み干した。


「それじゃ、母さん行ってくるよ」

「気をつけて。お父さんをよろしくね」

「うん」と頷き、車のキーを持ち、ウエストバックに携帯とデジカメが
入ってることを確認して玄関から外に出た。

「そうだ、忘れるところだった!オヤジ、これかぶって」

助手席から店にあった車体の銀色によく似た色の半帽を手渡した。

「なんだ?こっちをかぶるからいいぞ」

オヤジはどこからか見つけてきたのか、工事用のような雰囲気のある
古くて年季の入った白いヘルメットをかぶろうとしていた。

「どこから見つけてきたんだい?でもそれじゃ危ないって!
ホントはこの半帽でも被せるのは自分的には嫌なんだけどさ」

「これはお前が生まれる前に買ったヘルメットだ。プラグレンチと
一緒に向こうから持ってきたんだ。ダメか?」

「危ないって!それは車で運ぶからこっちをかぶってくれよ。
古いバイクだからってヘルメットも古いのをかぶることはないよ」

「・・・そうか。それじゃ仕方ないな」

ちょっと前までなら自分の言う事を聞かずにガンと突っぱねるオヤジも
年齢相応に考えも丸くなったのか、素直に自分が持ってきた
ヘルメットをかぶってくれた。
よく見るとどこから見つけてきたのか、正面に黒に赤いラインが大胆に
あしらわれたバイク用のブーツも履いていた。

「あれ?オヤジ、そのブーツ、どうしたの?」

「これか?これも向こうの家から探してもってきたんだ」

「そんなブーツ持っていたっけ?」

「これはお前も1度履いたことがあるはずだぞ」

「えぇ?覚えがないなぁ。よく残っていたね」

自分の記憶にはないそのブーツはいかにも、’70年代風の
野暮ったいデザインだが今ではそれがやけに新鮮に見える。
しかも保存が良かったのか、見た目には新品のような程度だった。

「そうだ!写真を撮ってくれ。背中にカメラが入ってるから」

オヤジの背負ってるDバックのチャックを開き、コンパクトカメラを
取り出した。

「オヤジ、バイクに跨って。目線はこっちに・・・撮るよ!
 はい、ポーズを変えてもう一枚」

玄関をバックに嬉しそうな顔をしてカメラのファインダーに収まった
オヤジの笑顔は2年前にCL90に跨って同じ位置で撮った時より
少し歳を取ったように見えたが、その時より嬉しそうな顔はまるで
バイクが大好きな少年がそのまま65歳になったようだった。

「さぁ、もう行くぞ!後からゆっくり来てくれ」

早く走りたくて仕方がないのか、自分がカメラをしまうのも
もどかしそうにオヤジはCLのスタンドを降ろすとキックを踏み降ろした。

〈ババババ・・・ボロロロローーンンッ、ボボボボボーー〉

さっきプラグのカーボンをキレイに落としてプラグクリアランスも
しっかり調整したおかげでCLはまたもキック1発で目を覚ました。
クラッチを切り、ギアをローに踏み込み玄関で見送る母親に片手を上げて、
スルスルとオヤジとCLはぶどう畑の中の小道を走り出した。
それを見届けた自分も軽トラのエンジンを始動し、ギアをバックに入れ
方向転換をしながら母親に向かって軽くホーンを鳴らして後を追った。
(続く)


posted by urf001シュウホウ at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | バイクエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月16日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#4


プラグC6HA.jpg















「・・・ダメだ、やっぱりエンジンが掛かからん・・・」

ぼんやりとした夢の中にオヤジの声がしたような気がした。
"ハッ"っと反射的に飛び起きて枕元に置いた携帯を開き、
時間を確認すると8時24分だった。
風呂に入り、寝付いたのが3時半過ぎだったから5時間弱しか
寝ていなかった。
寝入る前からそのことが気になっていたせいで眠りは浅かった。
「今、いくよ」と声のした方に返事をすると布団の横に脱いでいた
サロペットを着て靴を履き、玄関から表に歩み出た。
澄んだ朝の空気と台風一過で眩しいほど晴れ渡った日差しがCLの
メッキのアップマフラーをいっそう煌かせていた。
その傍らにしゃがみこんで眉をしかめているオヤジの姿があった。

「やっぱりカブってるな。ほれ、見てみろ」

おもむろにプラグレンチに刺さったまま、黒くカーボンが堆積し
薄っすら濡れているプラグを自分に向けて差し出した。

「あれ?オヤジ、プラグレンチがあったのか??」

「あぁ、今朝な、向こうに行って探してきたんだ」

"向こう"とは今の実家に移る前に住んでいた"実家"の方だ。
そこは借家だったが今でもまだ、たくさんの家財道具と庭には
10台以上のバイクが放置してあるため、今だに借りたままだった。
自分的には今の"実家"より中学、高校を過ごし、そこでバイクを
いじっていた時間が長いので今でもそっちが実家だと思ってる。

「そうか、良く見つけたね。プラグレンチがあれば何とかなるよ」

オヤジからプラグレンチについたままのC6HAのプラグを受け取り、
プラグをじっくり観察するとだいぶ電極も減っていてプラグの
クリアランス(隙間)も広くなっている。これじゃ満足な火は飛ばない。

「クソッ、このプラグなら店に山ほど眠ってるのにな・・・」

後悔したところで何とかしない限りエンジンに火は入らない。
とりあえず今手元にある道具で何とかしなければ・・・

「そうだ、これは使えるか?」

そう言ってオヤジが奇妙な形の工具らしきものを自分に差し出した。

「これは・・・シックネスゲージとプラグクリアランスゲージか??」

「カブの車載工具の中から持ってきた」

その奇妙な形の工具と呼べないような約0.5mmほどの薄い鉄の板と
先がL型になった直径1mm、長さ4cmくらいの鉄の棒はたぶん、
バイクに乗ってる人間や今のバイク屋の人間でもパッと見ただけでは
何に使うものか判断できないだろう。
かく言う自分も昔に見た記憶だけでそれが何に使うか薄っすら
覚えていただけで現物を見た今、パッと思い出しただけだった。
「昔のスーパーカブの車載工具にはこんなものまで付いていたのか」
と、感心させられるがそれはスーパーカブを購入した顧客に対する
メーカーの心配りと「それくらいのことをは持ち主が自分でやれ」という
メーカーからの提案でもあったはずだ。

「ありがたい!ちょっと借りるよ」

オヤジからその小さな"特殊工具"を受け取るとサロペットの
ポケットからジッポーを取り出し、火を付けてガソリンで湿ってる
電極の周りを炙って乾かした。
シックネスゲージになってる薄い板をドライバーの代わりにして
電極の周りに堆積したカーボンをこそげ取る。
さらに中心電極が生えている周りにはクリアランスゲージに
なっているL型の部分を差し入れてガリガリと出来るだけカーボンを
掻き落とした。たぶん、しばらくプラグの清掃をしていなかったのだろう。
小さなC6HAのプラグから驚くほどのカーボンが取れた。
次はプラグクリアランスゲージで電極間の隙間を測る。
一目見ても明らかに広過ぎる。これじゃ火の飛びも悪いはずだ。
プラグレンチからプラグだけを抜き、エントランスのタイルに軽く
電極を打ちつけた。力加減を間違うと電極同士がぶつかってしまう。
〈カツンッ、カツンッ!〉
2度ほど打ち付けて目視で確認、ゲージを入れるとまぁまぁ良さそうだ。

「よし、火が飛ぶかチェックしてみるよ」

メインキーをONに捻り、ニュートラルランプが灯ったことを確認し、
プラグキャップを被せ、シリンダーヘッドにプラグをアースさせて
右手で力強くキックアームを押し下げた。

〈バチバチ・・・〉

晴天の空の下でもはっきり確認できるくらいの白色の火が飛んだ。

「大丈夫だ、これならいける!」

不安そうに覗き込むように見守っていたオヤジに"ニヤリッ"と
目線を送り、生き返ったプラグをプラグキャップから抜き取り、
ポケットに入れていたプラグレンチを同じくカブの車載工具の1つの
プラスドライバーのシャフトを通して締め付ける。
プラグキャップを被せ直し、まだボルトが入ったままの右足で力強く
キックアームを踏み降ろした。

〈ボボボボボ・・・ボボボォォォーーーンンッ!〉

アップマフラーからくぐもるような排気音と黒煙を吐き出しながらも
CL50は1発目のキックで覚醒した。

「おぉ、掛かったな!さすがバイク屋だ。よかった」

「まぁね」

安心したように顔を綻ばせたオヤジに左手で親指を立てながら
右手では巻き取り式のアクセルを少し開けた所で固定したままで
ニヤッっと笑って見せた。

「一昨日まですぐエンジンが掛かってたからプラグは油断したよ。
オヤジがプラグレンチとこの工具を見つけてきてくれたおかげだよ。
いくらバイク屋でも道具がなければどうにもならないとこだったよ
ホントはプラグを新品に換えてやりたいとこだけどとりあえずこれで
何とか大丈夫だと思う。ダメだったらすぐにピックアップするから」

確認のため、1度エンジンを止め、もう一度キックを踏んでみた。
やはりキック1発でエンジンは難なく始動し、アイドリングも安定してる。
「ふぅ〜」と安堵の溜息を漏らしてエンジンを止めた。

「よし、準備してもう出よう」

「もう出るのかよ?まだ9時前だよ」

「いや、受付は10時からだし、会場まで1時間はかかるだろう。
それに途中で何があるか判らんから早めに出発する。
お前は後からゆっくり来ていいぞ」

エンジンが掛かるのを待ちきれなかったかのだろう。
オヤジはそう自分に言い残すと家の中に入りかけた。

「そうはいかないさ・・・わかったよ。すぐ出る準備をするよ」

半分呆れながらも今日の主役はオヤジとこのCL50で自分は
そのサポートに徹するためここへ来たのだから渋々従うことにした。
少し汚れた手でまだ昨日の酒と眠さが残る頭を掻きながら
後を振り返ると、オヤジに負けないほど早く走りたいと言いたげな
CLがさらに明るさを増した朝の日差しの中に輝いていた。
(続く)

右エンジン周り−2.jpg


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2007年11月15日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#3


ニュートラルランプ点灯.jpg















ぶどう畑の中を抜け、実家に着いたのは11時を少し周った頃だった。
軽トラのエンジンを止め、ドアを閉めて家の中へ入ろうとした時、
玄関のドアが開き親父と母親が出迎えてくれた。

「ただいま。こっちはだいぶ前に雨は止んだのかい?」

「お帰り。雨の中大変だったね。こっちはさっき上がったところよ」

「お疲れ。おぉ、これが例のCLか?随分きれいじゃないか!」

「そりゃ、この1週間コイツにずっと付きっ切りで仕上げたからね」

「さぁ、早く家に入って一杯やりなさい」

「うん、そうするよ」

そう言って家の中に入ろうとした自分に「エンジンは掛かるのか?」と
オヤジが聞いてきた。

「なんだよオヤジ、乗りたいのか?明日の朝に降ろすよ」

「いや、そうじゃないが積んだままだと可愛そうじゃないか。
それに盗まれちゃ困るから玄関の中に入れてやれ」

「都会じゃないから大丈夫だよ」

「いや、判らんぞ。今の世の中、油断は出来ないからな」

「わかったよ。まったく、しょうがねぇなぁ」

渋々、CLを縛っていたロープを解き、アオリを下ろし、ラダーレールを
セットして荷台の上からまだ濡れている地面にゆっくりとCLを降ろした。
左のサイドカバーの上にあるメインスィッチを捻ると水滴で曇った
スピードメーターの左上にグリーンのニュートラルランプが明るく灯った。

「ほぉ、バッテリーも生きてるのか」

「そりゃ、ちゃんと充電してきたからね。オイルも交換済みだよ」

「エンジンは調子いいのか?」

「異音もないし、エンジンの掛かりもいいよ。掛けてみようか?」

レバーになってるチョークを引き、キックを踏んだ。

〈ストトトト・・・ストトトト・・・パスッ、〉

「ありゃ?掛からないな??せっかくキレイにしたのに雨に
濡らされたから機嫌が悪くなったのかな?」

昨日までキックを2、3回踏めばすぐにエンジンが掛かっていたのだが
どうやら雨の中荷台に括りつけられてきたから機嫌が悪いらしい。

「ちょっと待って、押し掛けしてみるよ」

「いや、明日でいい。もう遅いから」

「大丈夫、ちょっとやってるみよ」

チェンジペダルを前に踏み、車体を前後に揺すってさらにギアを
4速まで送り込んだ。クラッチを握り、勢いを付けて押し出し、
飛び乗った瞬間にクラッチを放す。

〈スポポポポ・・・スポポポポ・・・パスッパスッ・・・・〉

「クソッ、掛かりそうで掛からないな」

クラッチを切ったり、繋いだりを何度か繰り返したがCLは
相当ヘソを曲げているのか、掛かる気配を見せない。
家の前の道を2往復した所で自分の息が上がってしまった。

「ハァハァハァ・・・これだけやって掛からないのはガス欠か」

「もういい、明日の朝になったらやればいい。家に入りなさい」

「そうだね。最悪、掛からなかったら軽トラに積んで参加だね」

息を整えながら店を出る直前にチェックしなかったことを後悔した。

「玄関の中に入れてくれ。たぶん入るだろう」

オヤジがドアを手で止めてる横を1段高くなってるエントランスに
勢いを付けて前輪を乗せると力任せにCLを玄関の中へ納めた。
蛍光灯の灯りの下で改めてCLを見た親父が呟くように言った。

「ホントに40年前のバイクとは思えないほどきれいじゃないか」

「そりゃ、元が良かったけどそれに手間隙をかけて仕上げたからさ。
 錆びてたネジ類はステンに換えたし、特にエンジン回りで磨ける
 アルミの部品は全部、自分がハンドポリッシュで磨いたからね」

「これは明日が楽しみだ」

「うん。明日は天気が良さそうだからもっときれいに見えるよ」

「それよりお前の手、凄いな」

出掛けの直前まで手を汚して磨いていたせいで爪の間には
洗剤で落とし切れなかった1週間分の汚れが黒い輪を作っていた。

「さぁ、手を洗って一杯やりなさい」

「うん、そうするよ」

靴を脱ぎ、洗面所に向かい、石鹸で手を合わせて擦りながら
頭の隅ではエンジンが掛からなかったことを考えていた。

「まずはガソリンを入れて、プラグの状態をチェックしなきゃな・・・
しまった!スペアーのプラグもプラグレンチも持ってきていないぞ!
どうしよう・・・」

その想いはビールを飲みながら母親が用意したつまみを口に
運んでる間も消えることはなかった。

「まぁ、何とかするさ。俺はバイク屋なんだから・・・」

オヤジが先に休み、母親が敷いてくれた布団の中に入ってから
寝付くまでの間、そのことだけを考えていたが最後はそう結論して
いつしか酔いのおかげで深い眠りの淵へ落ちていった。
(続く)


posted by urf001シュウホウ at 23:02| Comment(1) | TrackBack(0) | バイクエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月14日

☆バイクエッセイvol.5 【 65year's Old Bike boy 】scene#2


タンクマーク−3.jpg















「よし、こんなモンでいいだろう・・・きれいになったぞ」

定休日も返上し、本業が終わった後もこの1週間はほぼ毎晩、
コイツに付きっきりだった。
元々コンディションが良く、業者オークションで手に入れた時から
エンジンは実働だったのでもっぱら外観のリフレッシュに時間を費やし、
オヤジの参加する旧車ミーティングの前日の夕方にやっと仕上がった。
幸か不幸か、この日は台風20号が関東に接近し、大荒れの1日だった。
さすがにこんな荒天の日に店にやってくるお客はいなく、そのおかげで
最後の仕上げの追い込みが出来、何とか間に合った。という感じだ。

磨き上がった車体を見ながらいつもそうするようにタバコに火を付け、
1人悦に浸りながら深く吸い込んだ煙を吐き出した。

「さぁ、オヤジが待ってる。行こうか、CL君」

短くなったタバコを灰皿で揉み消すと台風の吹き返しの風雨の中、
仕上がったばかりのCLを軽トラに積み込み実家に向かって走り出した。



「このバイクはホンダかい?なんて言うバイクだね?」

雨もすっかり上がり、時折雲の切れ間から月が覗く頃、休憩で
立ち寄った道の駅のトイレから戻り、軽トラのドアを開けようとした自分に
60代後半と思える白髪頭を短髪にした初老の男が声を掛けてきた。

「これですか?ホンダのCL50という40年ぐらい前の50ccですよ」

「ほぉ、ホンダの古い50かい?このマークが懐かしいじゃないか」

そういってその初老の男がCL50のタンクのウィングマークを指した。

「あぁそうですね。それは60年代のホンダのマークですからね」

「ワシも昔、このマークのバイクに乗ってたんだよ。」

「そうですか」

「あぁ。えーっと、あれはなんだったかなぁ・・・」

そう言って初老の男は目を瞑り、眉間に皺を寄せ、腕組みをして
唸りながら必死に思い出そうとしていた。

「ダメだ、思い出せん・・・これはどこかへ持っていくのかね?」

「えぇ。実家のオヤジが明日、古いバイクの集まりで乗るんです」

「そうかい。それは親父さんも楽しみだろう。羨ましいものじゃね」

「今はバイクには乗られてないのですか?」

「ワシも若い頃は乗ったがとっくにバイクは止めたよ。今じゃあれで
ここへ時々、水を汲みにくる時ぐらいしか車にも乗らんよ」

そういって少し先に止めてある銀色のワゴン車を指差した。
胸のポケットからタバコを取り出し、ズボンのポケットに手を入れ、
安っぽいライターを取り出すとタバコに火を点けた。
一瞬、ライターの灯りが初老の男の顔に刻み込まれた皺を
浮き上がらせた。

「ワシの孫もホンダのスクーターの乗っ取るんだが最近の若いのは
 あまりこういうバイクには乗らんものかね?」

「バイクが好きな子は今でもスクーターよりこういうバイクに乗りますよ」

「ワシらの頃はみんなこういう50ccのバイクに乗ったもんだがね」

「自分もそうですよ。スクーターは便利ですけどつまらないですから」

「ワシもあと5歳若かったらもう一度、こういうのに乗ってみたいものだ」

「その気があればいくつになっても乗れますよ。それじゃ・・・」


まだ何か話したそうなその初老の男に軽く頭を下げ、ドアを開けた。
シートベルトを締め、エンジンを掛けミラーを覗くと、さっきの初老の
男がタバコを燻らせながらこっちを見ていた。
正確には月の明かりを受けて荷台に佇む、赤と銀の古めかしい
カラーリングのCLの先にある何かに視線を向けているようだった。
(続く)


posted by urf001シュウホウ at 00:31| Comment(0) | TrackBack(0) | バイクエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月13日

☆バイクエッセイVol.5 【 65year's Old Bike boy 】



駐ヤ場にて.jpg














【 65year's Old Bike boy 】



「お父さんの古いバイクのミーティングって今週末なの?」

「うん、そうなんだ。だから今夜もそのバイクの仕上げをやってるよ」

「そう、大変ね。でもそれも親孝行なんじゃない?」

「あはは、そうだね。去年はバイクを用意してやれなかったからね」

「それじゃ頑張ってね。あまり遅くにならないようにね」

「うん、ありがとう。頑張るよ」


遠い街に住む、あまりバイクには興味を持っていない彼女とそんな
やり取りをした後、また先週から仕事の合間をみて整備をしている
40年前の古いバイク向き合った。


「オヤジ、この前、業者オークションで珍しいバイクを買ってきたよ」

「ほぅ、なんていうバイクだ?」

「ホンダのCL50。見立てが間違いなければ1967年製のだよ」

「何?そんなに古いバイクか??程度はいいのか?」

「あぁ、ちゃんとエンジンも掛かるよ。コンディションもかなりイイよ」

「それは凄い物を見つけたな?高く売れそうか??」

「どうだろうね?こういうのを買う人はマニアだからわかんねぇよ」


別な用事で店に電話をして来たオヤジとそんな会話をしたのは
まだ梅雨の頃だった。
たまたま自分の店にあったバイクを処分しに業者オークションに
前日搬入に行って帰ろうとした時、何かが自分を呼び止める気がした。

「ん?何だろう・・・」

長年、この仕事をしていると時々その"何か"の声が聞こえることがある。
あの時もそうだった。

「何かが自分のことを呼んでいる・・・」

出口に向かっていた自分は足を止め、その"何か"の声のする方に
視線を向けた。
日も西に傾き始めたオークション会場のプールに整然と並べられた
バイクの群れの中にメッキのアップマフラーに鋭く夕日を反射した
1台の赤と銀の小さなバイクを見つけた。

「あれは?ホンダのCL50か?・・・ちょっと待てよ」

そのメッキマフラーに吸い寄せられるように近付いて行き、よく見ると
それは今、"復刻版"として販売されてる【CL50】ではなく、本物の方の
【CL50】だった。

「これは・・・オリジナルのCL50だ。信じられないほど程度がいい」

現行モデルの復刻版CL50ならオークション会場では全然珍しくない。
しかし、今、自分の目の前にあるのはおよそ今から40年前のホンモノの
【CL50】だった。
自分の記憶が確かならばコイツは当時、ロードモデルの【SS50】と
双璧を成すホンダの50ccオフロードスポーツバイクだ。
【SS50】と違うのはオフロード色を強めた外観の他はエンジンの
馬力が【SS50】の6.0PSに対して5.2PSとデチューンされ
ミッションもリターン5速からオフロード走行を前提に減速比を
ワイドに振られたロータリー4速になっている点だったと思う。


「コイツが自分を呼んでいたのか・・・」

それがこの元祖【CL50】との出逢いだった。
翌日の業者オークションで自分が思うよりあっけなく落札出来たのも
何かの縁だったのだろう。
こうして元祖【CL50】は自分の手元にやってきた。


「まだあのCLは店にあるのか?」

お盆に実家に帰り、夕食のビールを酌み交わしながらオヤジが
唐突に聞いてきた。

「CL?あぁ一昨年オヤジが乗った90の方かい?」

「あれもまだあるのか??そうじゃなくて、この間手に入れた方だ」

「あぁ、あるよ。まだ買ってきて何もやってないからね」

「またネットに出すと売れそうか?」

「さぁね、忙しくてまだ仕上げていないからネットには出してないけど
出したらたぶん、すぐ売れるんじゃないかな?あれだけ程度のイイ
40年以上前の"元祖・CL50"なんてもう手に入らないだろうからね」

「そうか・・・」

「なんだオヤジ、まさか今年の秋の旧車クラブのミーティングに
行く時にそれを貸せ!って言うんじゃないだろうな?」

先手を打つつもりで言った言葉はやはり図星だったらしい。
少し酒の周った赤い顔で決まり悪そうに"ニヤッ"とオヤジが笑った。

「いや、売れる宛てがなかったら借りようかと思ったんだがな」

「なんだ、やっぱりそうか。まぁ、それまで売れなかったら貸してやるよ」

そう言った自分の言葉が本当になることは薄々判っていたのだが。
(続く)


posted by urf001シュウホウ at 00:54| Comment(12) | TrackBack(0) | バイクエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月09日

追悼:【 星になった天才ライダー】


「えっ!ノリックが死んだって!?」


たまたま店に遊びに来ていたマイミクdaisanjiさんから耳を疑うような
ニュースを聞いた。

「昨日の夕方、突然Uターンをして来たトラックに突っ込んだそうです」

その時、店に居合わせた少し前までロードレースをやっていた元チーム員の
K田と顔を見合わせながら「嘘だろ?」と呟いた。



それは今から16〜7年くらい前だっただろうか。
全日本や世界GPの影響を受けてミニバイクレースが各地で急激な人気を
博していた頃、モトチャンプ誌でその名前を度々を取り上げられる、ある1人の
少年ミニバイクレーサーがいた。
秋ヶ瀬サーキットを中心に数々の優勝を手にした彼は中学校を卒業すると
某バイク誌の専属ライターの仲介でアメリカに渡るとモトクロスのシリーズ戦に
参戦しそこでシリーズチャンピオンになると次はダートラックの修行を始め、
そこでも何度か優勝したと知った。
その1年後、帰国すると当時のノービス125ccでロードレースを始める。
そしてYAMAHA系の某監督に才能を見出され、一時そのチームに籍を置くが
翌年、ホンダのサテライトレーシングチームである『BLUE FOX』から当時の
全日本ロードレースの最高峰GP500に参戦するようになっていた。

「へぇ〜っ!阿部典史っていうのか!まだ17才なのに国際A級で
全日本GP500に参戦してるとは凄いヤツがいるもんだな!」

ロードレースが好きだったが「自分には才能がない」と早くから
レーサーとして走ることはせず、小さいながらもミニバイクレースの
チーム監督を務めていた当時の自分はレースの世界でその頭角を現し始めた
阿部典史=ノリックの活躍を知ることになった。


「なんでもヤツの走りにフロントタイヤがついていけなくってダンロップが
 "ノリックスペシャル"ってタイヤを用意してるらしいですよ」

ミニバイクを卒業して筑波サーキットでSPクラスのレースに参戦していた
元ミニバイクのチーム員だったか、サーキットに出入りするタイヤの問屋から
まことしやかにそんな話を聞いたことがあった。
そして’93年、シーズン初参加にして若干17才で全日本ロードレースの
最高峰GP500クラスで彼はチャンピオンになった。

「ノリックって天才か?それとも化け物か!?」

直接、全日本ロードレースに関わっていない自分でもその知らせに
鳥肌が立つ思いをしたことを今でも覚えている。
自分的に過去の日本人のレーサーで自分が「コイツは天才だな!」って
思ったのは"プリンス"と呼ばれた片山敬済か、宮城光くらいだった。


ノリックの走りでその当時のロードレース・世界GP500ccクラスを
知ってる者なら決して忘れられない出来事は翌’94年の春に鈴鹿で
行われた『日本GP・500ccクラス』だろう。
ワイルドカードで"ミスタードーナッツ・飲茶レーシングチーム"から
NSR500で参戦したノリックはその年、念願のワールドチャンピオンに
なったK・シュワンツとその後、前人未到のV5を成しえるM・ドゥーハンを
ピタリとマークし、追い回し、一時はトップを走っていたK・シュワンツにさえ
後塵を浴びせるという見る者を震撼させる怒涛の走りをした。

「ノリックがトップに立ったぁぁぁぁぁーーーっ!!」

鈴鹿サーキットに実況アナウンサーの絶叫と観客の地鳴りのような歓声の中、
"レイトブレーキング"の鬼といわれるシュワンツも青ざめるほど無謀といえる
突っ込みで1コーナーに進入すると目の前に現れた周回遅れのマシンに
接触するのを避けるため、自爆するようにスポンジバリアに激突した。

「シャカッッッーーー、グワッァァァァァーーン!!」

1コーナー手前に設置されたカメラがその前を滑るように前方に
転がりながらスポンジバリアに激突するNSRとノリックの姿と音を
捕らえ、鈴鹿サーキットの観客の歓声は一瞬にして悲鳴に変わった。
幸いノリックの怪我は大事には至らず、悔しそうに起き上がる姿が
場内のオーロラビジョンとTVの画面に大映しされた。
後にシュワンツは「あの時の彼(ノリック)は僕よりクレージーだった」と
その時の日本GPを回顧した。
その日本GPはシュワンツの優勝で幕を閉じたが予選からノリックの
切れた走りに注目をしていたのが前年のレース中の大怪我で引退し、
車椅子生活を余儀なくされた前年の世界GPチャンピオンW・レイニーだった。
あっけない幕切れのレースの結果に「これで自分の世界GPは終わった」と
メディカルチェックを受けたあと落胆していたノリックをレイニーは自分の所へ
呼び寄せると「最高の走りだったよ。来年はウチで走らないか?」と
直接ノリックに来期の契約のオファーを申し出てきたという。
しかし、ノリックはサテライトチームとはいえホンダ系のチームに所属していた。
レイニーは引退していたがヤマハワークス直系のチーム・ケニーロバーツに
籍を置き、自らも250ccクラスで"チーム・レイニー"を率いる人間だ。
自分の尊敬するW・レイニーからいきなり世界GPを走ることが出来るチャンスと
夢のような話を直接されたとはいえ、ノリックにはどうしようも出来ない
ホンダvsヤマハの関係とメーカー同士とは関係ない表には決して出ない
人間的な大きいしがらみがあるのがレースの世界だ。

『当社契約の阿部典史選手は今期の契約を解消しヤマハへ移籍します』

チームブルーフォクスから前代未聞ともいえるプレスリリースは
そのシーズンの途中でホンダ経由で自分の手にも回ってきた。

「それほどまでレイニーはノリックを欲しかったのか・・・」

一説にはレイニーが師匠であるケニーにノリックを獲得することを進言し、
ケニーはそれをヤマハのレース部門に直訴し、ヤマハにレースで多大な貢献と
栄光をもたらした偉大な2人のワールドチャンピオンの申し出に対して
慣例と慣習に縛られている上層部に重い腰を上げさて、当時この世界では
反則ともいえるシーズン中の獲得のため、ホンダとサテライトチームである
ブルーフォックスに契約の違約金まで支払って動かした。ともいわれている。
結果的にノリックは翌年から(正確にはこのシーズン途中から代打として)
彼が念願だった世界GPに参戦することになった。


そして衝撃の日本GPから2年後の’96年春の日本GP。
ノリックは再びロードレースファンを震撼させる出来事を起こした。

「トップは日本の阿部!ノリックがトップで最終コーナーを
今、立ち上がったぁぁー!」

2年前の絶叫とは違う自信と祝福の思いを込めた声で実況のアナウンサーが
鈴鹿に詰め掛けたファンとTV観戦しているロードレースファンに興奮を伝えた。
最終コーナーから2位を大きく引き離し、ノリックはゴールラインを駆け抜けた。

「優勝はノリック!日本の阿部典史が世界の頂点に立ったァァーー!!」

観衆が総立ちのウィニングランでその大きな歓声に応え、パドックに
戻ったノリックはヘルメットをかぶったまま「やった!やった!!」と叫び
スタッフに抱き付かれ、揉みくちゃにされながら号泣した。

「スゲェよ、ノリック!やっぱりレイニーの目は間違ってなかったんだな」

1982年、片山敬済がNS500で勝って以来、実に14年振りの
日本人ライダーによるロードレース最高峰・GP500の優勝だった。
表彰台でも全身で優勝の喜びを表すノリックの姿に日本中のロードレースと
彼を愛するファンは感動をした。

そしてそれから3年後の2000年の日本グランプリ。
ヤマハワークス直系からサテライトチームに移籍し、満足な成績も残せず
苦悶とスランプの日々からノリックは再び鈴鹿でGP500で優勝を果たした。
しかしその後、2位は何度かあったものの、優勝からは見放された。
いつしか世界グランプリの舞台からもひっそりと離れていたようだ。


「ほぉ〜、最近は親子ライダースクールにも力を入れてるんだな」

ここ数年でウチの店でレースをやっていたノリックと同世代のチーム員たちも
ほとんど引退し、自分的にも"レース"という世界から足を洗ったと同様な
毎日の中で、盟友であり同じミニバイクレースから世界の頂点を極めた
今は亡き加藤大治郎の意志を継ぎ、自分が育ったサーキットを中心に
『親子で楽しむライディングスクール』を主宰する様子をモトチャンプ誌の
特集で見たり、自分的に最近はタマにしか見なくなったMoto−GPのTVで
レース解説をする姿と声で彼の活躍を知る程度だった矢先の出来事だった。


「・・・そういえば奥のトイレにノリックのポスターが貼ってありましたね」

その場に一緒にいたレースをやっていた頃のチーム員のK田が
思い出したように言った。

「うん。確か’97年のYZR500に乗ってる姿のポスターだよ」
「この前は沼田(憲保)さんが逝ったばかりなのに・・・」
「早過ぎるよね。これからもっと世界に通用するライダーを育てて
 欲しかったんだけどな・・・」

K田が帰り、daisanjiさんも帰った後、事態の真相を調べるために
しばらくPCを駆使してニュースを拾い集め、その作業が一段落したあと
用を足すわけでもないが店の奥にあるトイレに入り、8年ぐらい前から
ずっと左側の壁に貼ってあるノリックのポスターを改めて見た。
どこのサーキットかは判らないがたぶん、コーナーを立ち上がって
直線から次のコーナーに向かって加速してるシーンだろう。
ヘルメットのシールド越しに一点を見つめる目が印象的だ。


「ノリック、今でもたくさんのファンに愛されていたんだな。
でもこんなに早くヘルメットに描いてる星のようになることはないだろ?
向こうで待ってる大治郎と笑いながらレースの続きをやってくれや」



阿部典史、享年32才 星になった天才ライダーに合掌。

posted by urf001シュウホウ at 17:22| Comment(6) | TrackBack(1) | 日々の出来事(^^) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月08日

らぶ太は発見したよ♪(BlogPet)

きょう、らぶ太は、シュウホウが新しいおうちに行くのを見たの。

シュウホウは別なところにもおうちを作ってるみたい♪
でも、シュウホウは「こっちが本家であっちは別荘だよ」
って言ってたよ。

「別荘にもらぶ太はいるの?」って聞いたらシュウホウは
「ラブ太はこっちにしかいないからいいんだよ。」って言ったの。

「こっちにいなかったのは別荘にいってたからなの?」
ってラブ太が聞いたら
「あっちはまだ作りかけなんだよ。ラブ太も遊びに来ていいよ。」
って言われたのー!

シュウホウに「新しい別荘の住所を教えて。」って言ったら
「ひとりで来れるかい?別荘の住所はここだよ。」
って教えてくれたの。
らぶ太は1人で行けるかわからないけどきっとシュウホウの
匂いがするから大丈夫だと思ったの。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「らぶ太」が真剣に書きました。

posted by urf001シュウホウ at 11:27| Comment(5) | TrackBack(1) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月01日

きょう、らぶ太は目撃したかも(BlogPet)

きょう、らぶ太はシュウホウが書いているところを目撃したかも。

シュウホウはお仕事が忙しくない時は、ぱそこんで何かいっぱい
お話を書いてるみたい。
らぶ太が「シュウホウは何を書いているの?」って聞いたら
「まだ内緒だけど自分の昔のお話だよ。」
っていったから
「100年ぐらい前のお話?」って聞いたら
「自分はその時代にまだ生まれていないよ」って笑われの。
「ふーん。それじゃ50年ぐらい前の話?」って聞いたら
「それはパパシュウホウの若い頃だよ、まだ産まれてないよ」
って言われたの。

らぶ太には1週間前でも充分大昔なんだけどなぁ。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「らぶ太」がなんとなく書きました。

posted by urf001シュウホウ at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月25日

きょうは(BlogPet)

きょうは、らぶ太が俳句を詠んでみようと思うの

 「 止まれない らぶ太にブレーキ 付いてない 」


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「らぶ太」がかなり悩んで書きました。

posted by urf001シュウホウ at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする